ハエトリソウ

20150202

昨日まで色のダサさが否めなかったんですが
今日は他の人にアドバイスをしてもらって、
いくぶんよい感じになった気がします。
私はセンスがないので、アドバイスは全面的にありがたいです。

ヤドクガエル

20150131

キリンが大変だったから
もうまだら模様の生き物はやめようと思ったのに
ポーズがかわいかったから描いてしまった。
案の定途中で模様が投げやりになってしまいました。

指の自由さがかわいいと思って描いたんですが
あまりうまく表現できませんでした。

カエルは意外とマッチョでした。

よかった本

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細馬宏通さんの「うたのしくみ」という本を読んでいます。

うたについての文章というと、
歌詞の考察、メロディのカッコよさ、音楽理論の話、個人的な感想や思い出…などが浮かびます。
だけど、それをバラバラにしてしまうと、歌は歌ではなくなってしまう。
この本は、それら「歌を構成する要素」を全て丸ごとひとまとめに書いた、
まさしく「うたについて書かれた」本。

ここに書いてあることは、本当は、音楽を聴くときに誰もが
無意識に、あるいは意識してやっているはずのことです。
メロディに耳を澄ませ、ビートに乗り、歌詞の意味を咀嚼して、気持ちの高まりを感じる。
だけどそんな音楽体験をそのまま文章にまとめることは困難で、
本書のあとがきでも「歌のことを書こうとすると、歌を失ってしまう」
と、その難しさが打ち明けられています。

けれど細馬さんは、その難しい文章を見事にまとめあげた。
結果どういうものになったかというと、
うたを歌う、聴く人たちの無意識の動きを浮き彫りにし、
新しいうたの楽しみ方を発見させる、素晴らしい本になっています。

例えば、ユーミンが小節の間にすべり込ませた「SH」の音。
例えば、童謡「お正月」で夢と現実をするりと行き来させる技巧。
それから大滝詠一の音楽に隠された、聴き手を裏切る揺さぶりの不思議。

私が洋楽オンチなもんで例えが偏っていますが、
J-POPだけでなくボサノヴァ、ロック、アメリカ民謡など
幅広いジャンルを行き来しながら、
私たちが音楽に抱く心のざわめきを明快に解き明かしてくれます。

そしてまあ、この人のあらゆる分野への知識の幅広さったらスゴい。
私ももっと本とか読まないと、としみじみ思いました。

ビブリオバトル

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「知的書評合戦(ビブリオバトル)」のルールガイドのイラストとデザインをしました。
ここに載せるのはイラストのみで、
完成品はひげさんが全国各地で主催する
ビブリオバトルでもらうことができるはずです。

ビブリオバトルは、3人以上の人が、各自紹介したい本を持って集まり
1人5分以内にその本のプレゼンをし、
「どの本が一番読みたくなったか?」を投票で決める、というバトルです。
読んだ本の感想をまくし立てたくなるタイプの人には
大いにオススメできる、楽しいゲームです。
もちろん読んだことのない本と出会える嬉しさもあります。

私が前に参加したときは、
ユースホステルのロビーで「悪魔の辞典」という本を紹介し
チャンプに選ばれ、マッサージチェアを1回プレゼントしてもらいました。

皆さんも機会があれば、是非参加してみて下さい。
図書館や大学を中心に、けっこういろんなところで行われています。

まんが

百万人はこのテーマで作品を描いただろうみたいなテーマのまんがを描きました。
勢いで描いたのでアレですが見てもらえると嬉しいです。

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絵を描きました

ドリームデパートという期間限定デパートのチラシのイラストを描きました。[2014.02.15 pen,photoshop]

ドリームデパートという期間限定デパートのチラシのイラストを描きました。[2014.02.15 pen,photoshop]

「ILLUST」に絵をひとつ載せました。
「ドリームデパート」という1ヶ月限定のデパート企画のチラシに使った絵です。
チラシのデザインとかもやりました。
大好きなお店や人たちがたくさん集まってくれたので、楽しみです。

大滝詠一

大滝詠一が亡くなった。65歳。
ずっと上の世代の人だから、いつか訃報が届く日が来るとは思っていたけど、こんなに早いとは思わなかった。

ミーハーでバカみたいな話だけど、
東京に行ったときは道でバッタリ会えないか、いつもキョロキョロしながら歩いてた。
いつか自分が何らかの形で今より社会を動かせるようになったとき、ファンとしてでなく仕事相手として会うのが、目標というか、夢だった。
もっと言うなら、例えば自分の漫画がアニメ化したときに主題歌を作ってもらうとか。そういうことをしたかった。
大滝さんがいなくなったからって、これから自分がすることが変わるわけじゃないけど、
そんなしょうもない夢を見れなくなったことが悲しい。

大滝さんは、「90年代の新曲は2曲、2000年代は1曲だから、2010年代はゼロ曲だ」と言っていたらしい。
その言葉がこんな形で現実になってしまうとは思わなかった。

だけど、大滝さんが作った歌はこれからもずっと残って、ずっとみんなが覚えてる。
それって当たり前だけどすごいことだったんだ、と、
初めての、自信を持ってファンだと言える人の死に巡り合って、
頭じゃなくて実感としてわかった。

まだうまく整理できてないけど。

クソー、また泣きそうだ。

歯車を読んだ

河童・或阿呆の一生

芥川龍之介の「歯車」を読んだ。
昔一度読んだことがあったけど、今より輪をかけてアホで人生経験の浅かった学生の自分は
「病気の人の話だなあ」ぐらいしか思わなかった記憶がある。

「歯車」が芥川自身の体験を書いたほぼノンフィクションというのは有名な話だ。
精神を侵され、行く先々に現れるレインコートを極端に恐れ、何をしていても精神の安定を得られない主人公。
私の周りには精神(心療内科系)の病気の人が何人もいるけど、
その人たちの感じているであろう世界がまざまざと描かれている。
この作品が文壇から大絶賛され、今日にいたるまで多くの人々に読み継がれているのに、
なんで未だに世間では、そういった病気に対する理解が薄いんだろう???

作品内で芥川は(主人公はのことだけど、あえてこう書くことにする)
屋根裏に住む1人の老人と話をし、彼に尊敬の念を抱く。しかし、

彼の勧めた林檎はいつか黄ばんだ皮の上へ一角獣の姿を現していた。(僕は木目や珈琲茶碗のひびに度たび神話的動物を発見していた)一角獣は麒麟に違いなかった。僕は或敵意のある批評家の僕を「九百十年代の麒麟児」と呼んだのを思い出し、この十字架のかかった屋根裏も安全地帯ではないことを感じた。

芥川の心の安定は、たった1つのリンゴで簡単に崩れてしまう。
また、精神の逼迫を感じた芥川は妻の実家のある避暑地に行って、つかの間の平和を手に入れるも、
その平和は妻の母との世間話によって、これまた簡単に崩れ去る。

実際この避暑地もまた「世の中」であるのに違いなかった。僕は僅かに一年ばかりの間にどのくらいここにも罪悪や悲劇の行われているかを知り悉つくしていた。徐ろに患者を毒殺しようとした医者、養子夫婦の家に放火した老婆、妹の資産を奪おうとした弁護士、――それ等の人々の家を見ることは僕にはいつも人生の中に地獄を見ることに異らなかった。

ここまで極端な例ではないにせよ、少なくとも私の周りで精神の問題を抱えている人は
皆こういう、綱渡りのような危うい精神状態で毎日を過ごしている。
そして綱から落ちてしまった日は、芥川のように睡眠薬をガブガブ飲んでフラフラしながら
『誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?』と願うのだ。

はじめの話に戻るけど、この作品の感想を探すと、誰も彼もが
「芥川はこんな気持ちで生きていたのか、辛かっただろう、死にたく理由がよくわかる」と言っている。
いやいや、こんな気持ちで生きてるの、芥川だけじゃないから。
大なり小なりこういう不安定な日々を送っている人、かなり多いと思う。
まあそういう人のことを理解しろ!とは言わないけど、もしどこかでその手の人に出くわしたときには
「ああ、この人は今歯車モードなんだな」と思って
多少のことは大目に見てあげてほしいなあ、という感じだ。

最後に、この小説でいちばん好きな比喩。

政治、実業、芸術、科学、――いずれも皆こう云う僕にはこの恐しい人生を隠した雑色のエナメルに外ならなかった。

つくった

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つい数時間前に「ホームページをやっぱり作り直す」と書いて色々触ってたんだけど、
数時間でそれっぽいものができた。
コード的な部分はほとんど触っていない。すごい時代になったなあ。

デザイナーやwebクリエイターなら、
テンプレートで作れるページじゃなくてオリジナリティを出さなきゃいけないだろうけど
個人でちょっと作品をまとめただけのページならこれで充分だ。
かつてDTPのソフトができたとき、「誰でも簡単に広告や雑誌が作れるようになった」と言われたそうだけど
今はそれがwebプログラミング界でどんどん来てる。

私はカラス口で引かれた直線、切り絵みたいな平塗り、一文字一文字描かれたレタリングなんかには
「おお美しき伝統の技よ」みたいな気持ちが沸き起こるけど、
プログラミングに対してはまったくそんな感情はないので
これからもどんどん進化を続けていってほしいと思います。