水銀柱とくてんインタビュー
このインタビューは、色々作家の香山哲が個展をやった記録まんが「水銀柱」の内容を少し掘り下げるインタビューです。
本編を読まなくても楽しめます。本編も読みたくなったらこちらからご購入できます。
赤井あぞ(以下、赤井)
こんにちは! この『水銀柱』は「個展記録まんが」ということで、
なにかを展示したり発表したりする人たちにとって参考になる内容だと思います。
また、そうでない人でも、考え方や暮らし方のヒントを見つけられるかもしれません。
さて、この本を手にしている方の多くは個展「水銀」や、
『水銀柱』のオンライン自主連載以前から香山先生のことをご存知かもしれませんが、
まず香山先生ご自身についての紹介をお願いします。
香山哲(以下、香山)
こんにちは、香山哲(かやまてつ)と申します。漫画やゲームを作ってます。
本やアプリの形にして売るところまでを自分たちでやっていて、
昔からシカクさんにもお世話になってます。
赤井
ゲーテの大作を大胆に解釈・アレンジした漫画『
香山哲のファウスト1』や、
ノンフィクションとフィクションを交えた紀行漫画『
心のクウェート』など、
シカクでも取り扱わせていただいてます。
2013年には、当時中津にあったシカクにて「
香山哲の赤青3Dおばけ展」も開催しました。
お世話になっております。まず、今回の記録まんがのもととなった個展「水銀」について聞かせてください。
香山
去年、
mograg galleryという場所でやった絵の個展です。
その「水銀」の記録漫画と、全部の絵の写真や会場風景写真がセットになったのが『水銀柱』です。
記録漫画っていうのは、個展やることになってから終わるまでと、それを振り返って……って感じ。
赤井
漫画のなかでもmogragの太田さんや沖沖.(おきちゅう)さんが登場しますね。
個展の搬入〜作品配置のようすが描かれたページ、
とくに沖沖.さんが「カベに打った釘の水平」を確認するコマが印象的です。
香山
実際にmogragの現在の運営をやってる二人ですね。
あくまで僕の記憶やメモから描いてるんで勝手なもんですが、僕からはあんなふうに見えました。
作る人間へのリスペクトやサポートが惜しみないので、僕もそれを絵や観客に連鎖・波及できた。
愛や労力を注ぐ価値のあるものを自分たちの基準で選んで、
選んだ以上はきっちり注ぐ、って覚悟のすわった人たちって感じですね。
赤井
読んでいてもお二人に対する敬意と信頼感が伝わってきました。
香山
とにかく経験不足なことだったし全面的に不安だったのを、しっかり一緒に作ってもらいました。
不安が大きすぎると集中や熱意にも影響してしまうので、本当に助かりました。
赤井
「ADL」すなわち「安心できるライン」、気持ちが不安にならないラインのことについて書いたりしています。
このような、ある意味で生々しい話については書いたり見せたりしないような作家さんも多いと思いますが、
どういった考えのもと公開しているのでしょうか。
香山
誰かのためになればいいなと思ってやってます。
漫画の中ではお金で表現していますが、時間や健康や若さとか
「リソースを支払って何かやっていく」ってのは誰でも共通するので、参考になるかなと思って。
そんなの必要としない人も多いでしょうが、自分、ゲーテチームなんで、「不安」とか扱いますね。
赤井
この『水銀柱』に限らず、香山先生の漫画作品では「参考になるかなと思って」が色濃く出ていますよね。
登場人物が暗中模索しているさまを描くような。
僕自身もそうした作品の影響を受け、大いに参考にしているひとりです。
一方、今回の個展で展示されたような一枚絵では、それとはまた異なるアプローチを取っているように見えます。
香山
人に喜んでもらうのが好きなので、
ついつい参考になりそうなものが多くなるんですが、他にもやりたいことはありますからね。
具体的な文字や数値ではなく、絵から勇気とか意欲をもらえることもあるので、
そういった、部屋に飾るものを自分なりに目指しました。
僕は部屋にウルトラ怪獣とかを置いておくとサボらずに済むんですが、そういう民芸品みたいなパワーです。
メフィラス星人みたいにIQが高い宇宙人や超獣、ブルトンみたいな喜怒哀楽不明なものが特に強いです。
赤井
作中でも「分かりやすい良さの密度ばかり高すぎるとサプリメントのような"良さのかたまり"になってしまう」から、
「いいバランスの良さに持っていくことで、飽きずに長く愛せるものになってほしい」とありますね。
たしかに、純度・密度が高すぎる「良いもの」よりも、
メフィラス星人のほうが長く愛せるし、自分たちにパワーをくれる気がします。
「良さのかたまり」な存在ではないから過度に敬ったり崇めたりする感じにもならなくて、
つねに頼れる兄貴分くらいのポジションでいてくれるというか。
香山
そういう意味では、どの絵も喜怒哀楽が表出しにくいものになってると思うし、
文字で説明しやすいトンチみたいな構成も無しにしてます。
画としても極力「2018年に作られたもの性」が高まらないように注意してます。無理だし難しいんだけど。
「こうもり」とか「かにグミ」みたいな、キャラクターデザインが含まれているものは、
注意警戒していても自分で完全に客観視できない部分があるけど、
とにかく絵では「何が現れるか」ではなく「何が現れないか」ということに創意を注いでいるかもしれないです。
赤井
「何が現れないか」に創意を、おもしろい考え方ですね。
変わった方法のようで、しかし実はそういうやり方のほうが考えやすい人って結構いると思います。
悪い意味じゃなくて、ポジ・ネガでいうネガが先行する感じ。
「どうやったら人が喜ぶか」は思いつきにくくても「こうやったら人は悲しむな」とは考えやすかったり、
「こんな仕事に就きたい!」という想像ができなくても「毎朝ぎゅうぎゅうの電車で通勤するのは嫌だな」とは思えたり。
香山
「稼げたらいい」「時々贅沢できればそれでいい」とかやってると、全然デザインされてない生活になる。
それでもいいんですけど、「これは今は要らない」とか決断していくことがデザインだと僕は思います。
デザインした生活は、自分のカスタムが効いているので愛着が湧いて、より楽しめるんじゃないかとも思うし。
赤井
たとえば、スパイスをオリジナル配合で作ったカレーとかって楽しいし、おいしいし、
更にもっと自分好みにしようなんて思って辛みを足してみたりしますよね。
僕は子供の頃から甘口カレーが好きなので、玉ねぎを飴色に炒めたうえで
蜂蜜やりんごジャムなど入れて甘いカレーを作ります。そういう自分の好みを追求する心を、
食卓やキッチンのみならず暮らし全般に適用していくと、生活に愛着が湧いてきますね。
自分自身でデザインしているから、どの要素がどういう働きをしているのかという予測や分析もしやすいです。
香山
カレーも「削る」ようになったら武道の「守破離」でいう後半段階にあると言えるでしょうね。
クミンがないとどうなるのか? 黄色くなくて良いんじゃないか?
なんてやってるうちに、別の大陸料理との接点が見つかったり、煮込み料理一般について見えてきたり。
建築でいえば「この鉄骨を抜いても大丈夫……いや、抜こう」って分かる段階……
新しい建築法を試せるレベルじゃないでしょうか。それが楽しくないわけがない。
僕の絵は、そこまで達したからやってるわけじゃないけど、
「削るプロセスが何かを生む」ということは他の制作でも知っていたので、やりました。
赤井
音楽とかでもそうですね。最初は音を足して足してと作りがちなんですが、
いつからか、音を削っていくプロセスが面白くなってくる。
ジャズなどは鉄骨をどこまで抜いても大丈夫か知ってる人同士で遊ぶ「ジェンガ」みたいなものですし、
音楽に詳しくない人でも、なんとなしに聞いていると
ジェンガのように危うさや緊張感をギリギリで成立させている感じが分かると思います。
こんなに削っても「音楽」を保てると分かれば、余白が広く取れるからこそ、いろんなことを試せるんです。
香山
そうですね。こういうインタビューでも、無理にまとめとか必要ない思います。
どんな読字体験を提供できたか、それが分かっていればまったく問題ない。
着地を意識してつまんない挨拶とかで読み手の人生時間を空費するんじゃなく、できるだけ遠くに行く。
受け手の役に立とうと真剣になることもまた、無駄を削ることや良さにつながると僕は思っています。
赤井
それでは、このあたりで終わりとします。ありがとうございました。
香山
ありがとうございました、偉そうにすいませんでした!
赤井
6月中頃にはベルリンに生活拠点を移されました。
今やっていることや今後やっていきたいことについて教えてください。
香山
次の漫画作ってます。また全部無料でオンライン自主連載していくので、
よかったら今までの本を買ってくださったり、
noteでサポートしてくれると助かります。
出かけた途端に西日本では地震や大雨が大変そうなので、
僕もがんばって、早く余裕を作って募金したりできたらいいな。がんばります。